手術というのは大小問わず必ずリスクがつきものです。
そのため、術前から患者さんの全身の状態を把握することが重要になります。
手術や麻酔による侵襲に耐えられるか、術中や術後に起こりうる合併症は何かを予測し、可能な限り最適な状態で手術に臨めるようにすることが術前検査の目的です。
今回は一般的に行われる術前検査から得られた情報をもとに、どのような視点でアセスメントしリスク評価しているのかをみていきましょう。
Contents
術前に行う検査の種類
一般的に術前には以下の検査を行います。
- 血液検査
- 尿検査
- 胸部レントゲン
- 肺機能検査
- 心電図
- 心臓エコー
ただ、全ての手術に対してこれら全てを行うわけではなく、侵襲の少ない手術に関しては血液検査やレントゲン、心電図だけの場合もあります。
そして、検査に加えて大切になるのが病歴の聴取や身体所見
これらの所見と合わせと必要があれば追加の検査を行ったりもします。
術前検査の結果をアセスメントしてみよう!
では、術前検査の結果をもとに、どのようなことをアセスメントし評価しているのかを見てみましょう。
栄養状態の評価
術後は手術によってうけたダメージを修復し、感染から守るためにも多くのエネルギーが必要になります。
栄養状態が悪いと…
・創治癒が遅れてしまう
・手術部位感染(SSI)を起こしやすくなる
そのため、術前から栄養状態に問題ないかアセスメントします。
ここをチェックしよう
<血液検査>
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<病歴や身体所見>
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若くて侵襲の少ない手術の場合は問題ないことがほとんどだけど、癌で手術をする患者さんなどは術前から低栄養のことも多いですね。
栄養状態がよくない場合は、NSTにコンサルして食事内容の変更やアミノ酸輸液や脂肪乳剤を投与。CVを挿入してTPNの投与。嚥下に問題があれば経腸栄養を行うこともあります。
・術後合併症その⑥「手術部位感染(SSI)と観察のポイント」
腎機能の評価
周手術期は、侵襲によって循環動態が不安定になるため腎血流量が低下し急性腎障害(AKI)を起こすリスクがあります。
腎機能が低下していると…
・手術侵襲によって腎機能が悪化。透析導入が必要になってしまう可能性がある
・抗菌薬の投与量の調整が必要になる
・術後の疼痛管理に使用するNSAIDsが使えない
そのため、術前から腎機能に問題がないか評価します。
ここをチェックしよう
<血液検査>
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<尿検査>
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<病歴や身体所見>
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Ccrは尿を24時間ためることが必要になるので最近はあまり行われていない。
そこで、指標とするのは血清クレアチニンとeGFR。
腎機能障害の程度
eGFRの基準
90以上 | 正常 |
---|---|
60~89 | 軽度の腎機能低下 |
30~59 | 中等度の腎機能低下 |
15~29 | 高度の腎機能低下 |
15未満 | 末期腎不全 |
*体表面積が1.73m²の場合
肝機能の評価
肝臓の主な働きは代謝や止血です。
肝機能が低下していると…
・麻酔の覚醒遅延や筋弛緩薬の残存による呼吸不全
・肝機能の悪化や肝不全のリスク
・術中や術後に出血リスク
・出血傾向があれば硬膜外血腫のリスクがあるため脊髄くも膜下麻酔や硬膜外麻酔ができない
このような問題から、術前に肝機能評価を行います。
ここをチェックしよう
<血液検査>
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<病歴や身体所見>
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薬剤やウィルス性などによる急性肝炎では、手術侵襲や薬剤の投与によって更なる肝機能低下が起き肝不全のリスクがあります。採血結果でASTやALTが基準値の2〜3倍に上昇しているような場合は手術の延期が望ましいと言われています。
肝硬変ではChild-Pugh(チャイルドピュー)という重症度分類を用いて評価します。
1点 | 2点 | 3点 | |
脳症 | なし | グレード1~2 | グレード3~4 |
腹水 | なし | 少量 | 中等量 |
血清ビリルビン | <2.0 | 2.0~3.0 | >3.0 |
血清アルブミン | >3.5 | 2.8~3.5 | <2.8 |
プロトロンビン時間(%) | >70 | 40~70 | <40 |
A=5~6点 B=7~9点 C=10~15点
もし、重症度分類がCであれば手術による死亡率が76%と言われています。
血糖コントロールの評価
手術侵襲によってインスリン抵抗ホルモンであるカテコールアミンやグルカゴン、コルチゾールなどのホルモンの分泌が亢進し、術後は血糖値が上昇しやすくなります。
血糖コントロールが悪いと…
・手術部位感染(SSI)を起こしやすくなる
・創部の治癒が遷延しやすくなる
ここをチェックしよう
<術前血糖コントロールの目標>
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<手術が延期を勧める>
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糖尿病と診断されたことがなかったとしても、術前検査で耐糖能の異常がみつかる場合も…
血糖コントロールが悪い場合は、手術を延期して食事療法、運動療法、インスリン療法によって血糖を管理していきます。
血液・凝固機能の評価
肝機能の部分と被るところはありますが、脳や心疾患などにより抗凝固薬や抗血小板薬を内服している場合も出血傾向な状態です。
凝固機能に異常があると…
・術中や術後出血のリスクがあります
・硬膜外血腫になる可能性があるため硬膜外麻酔や脊椎くも膜下麻酔ができない
ここをチェックしよう
<血液検査>
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<身体所見や病歴>
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血液凝固系に異常がある場合、それが薬剤投与などによる外因によるものか内因性のものなのかを評価する必要があります。
抗凝固薬を服用している患者さんが緊急オペにより休薬できない場合は、ビタミンKやFFP(新鮮凍結血漿)を投与することもあるし、血小板減少(5万以下)があれば術前にPCを輸血し対応したりします。
硬膜外麻酔の相対的禁忌
- 血小板10万以下
- PT-INR1.5以上
- APTTが50秒以上
Dダイマーが高値であればDVTリスクを考慮して下肢エコーの必要性もあります(特に下肢の骨折など)
・術後合併症その④「DVT(深部静脈血栓症)と看護」について
呼吸器能の評価
全身麻酔や手術内容(開胸や開腹など)によって呼吸器への影響が大きくなります。
呼吸器能が悪いと…
・呼吸器離脱困難のリスクがあり全身麻酔がかけられない
・無期肺や肺炎など術後の呼吸器合併症のリスクが高くなる
・アストマがあると気管挿管などの刺激によって術後に喘息発作が起こる可能性がある
ここをチェック
<血液検査>
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<生理機能検査>
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<病歴と身体所見>
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ヒュージョンズのⅢ以上であると、呼吸器離脱困難の可能性があり全身麻酔はかなりのリスクとなる
COPDや喫煙歴、肥満なども術後の無気肺や肺炎のリスクが高い
関連記事(Hugh-Jones分類)
障害程度 | 日常動作の障害内容 |
---|---|
Ⅰ度 | 同年齢の健常者と同様に歩行。階段昇降などの日常活動ができる |
Ⅱ度 | 平地では同年齢の健常者と同様に歩行可能だが、階段昇降や坂道では息切れする |
Ⅲ度 | 平地でも健常者並に歩けないが、自分のペースなら1.6km以上は歩ける |
Ⅳ度 | 休み休みでなければ50m以上歩けない |
Ⅴ度 | 会話や衣服の着脱などの軽い日常動作も障害されている |
循環器能の評価
術中、術後は容易に循環動態が不安定になりやすい。もともと高血圧や心疾患などが既往にあることも多く心合併症のリスクがあります。
循環器能に問題があると…
・心機能が低下していると手術侵襲によって心不全を起こすリスクが高い。
・心筋梗塞が既往にある場合、周手術期に再梗塞を起こすリスクが高い
・高血圧があると血圧低下により臓器灌流障害に陥りやすく、血圧上昇による脳出血などを起こすリスクがある
ここをチェック
<生理機能検査>
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<病歴や身体所見>
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例えば、心電図検査でQT延長があると周手術期の不整脈リスクがあるし、術後の悪心嘔吐を予防するためのドロレプタンが使えなくなります。
心機能に問題があれば、術前に循環器科へのコンサルト。心不全を予防するためにも、水分出納や血圧管理も重要になります
事例の情報をもとに術前評価をしてみよう
事例①
・70歳女性
・胆石症
・全身麻酔にて腹腔鏡下胆嚢摘出術予定
・既往歴:腎結核に左腎臓摘出
・156cm 52kg BMI=21.3
・日常生活自立度 J1
・喫煙歴なし
<術前バイタル>
体温 36.7℃ 血圧 132/70mmHg 脈拍 50回/分 呼吸数 16回/分 SPO2 98% |
<採血結果>
TP 6.9、Alb 4.1、Cre 0.95、eGFR 45、PT 11.5秒、APTT 26秒、Plt 28.2、Hb 14.5、空腹時血糖 98 HbA1c 6.0、AST 31、ALT 20 |
<生理機能検査>
胸部レントゲン=異常なし スパイロ=正常 心電図=QT延長、洞性徐脈 心エコー=EF 62%、LVDd/DS 47/32、マイルドTR |
じゃあ、評価する項目に分けてアセスメントしてみましょう
栄養状態は?
BMIは23であり、TPとアルブミンも正常なので栄養状態は問題なし
腎機能は?
通常ならeGFRが低く腎機能低下を考える。しかし、この患者さんは腎結核によって片方の腎臓しかないためeGFRが低くでてしまっていると考えられる。
そのため、クレアチニンなどは問題なく比較的腎機能は良好だが、リスクはあるので腎機能低下に注意する必要がある
肝機能は?
肝機能障害もなく凝固異常もないため問題なし。
血糖は?
空腹時血糖やHbA1cも問題なし
呼吸器は?
日常生活動作から考えてHJ(ヒュージョーンズ)Ⅰ度。胸部XPやスパイロメトリーも異常なく問題なし。
全身麻酔による手術であるが、呼吸器合併症のリスクは少ない。
循環器は?
NH(ニーハ)はⅠ度。心機能の低下もなく問題なし
ただ、心電図でQT延長があり周手術期においてVTやVFなどの不整脈を起こすリスクがある。
そのため、QT延長を起こすリスクのある薬剤は使えない。(ドロレプタンやセレネースなど)
事例②
・78歳 男性
・胃癌にて腹腔鏡下幽門側切除術(LADG)
・COPDあり 喫煙歴は50年間 1日20本吸っている
・労作時に呼吸苦ありSPO2が80%台に低下する
・スパイロ 1秒率70%以下 閉塞性障害あり
今回の事例は、呼吸器の評価だけにしぼったけど、これをどうアセスメントしますか?
HJ(ヒュージョーンズ)Ⅲ~Ⅳ度。Ⅲ度以上は人工呼吸器の離脱困難になる可能性があるため全身麻酔はハイリスクになります。
COPDによる低肺機能に加え、十分な禁煙ができていない、上腹部の手術など、術後の無気肺や肺炎のリスクも高いので、できれば全身麻酔は避けたいと思うはずです。
そのため、術前からの呼吸訓練が重要。
事例③
・80歳 女性
・大腿骨頸部骨折にてORIF
・既往歴 肝硬変
・CTにて右横隔膜下腔に腹水少量あり
・肝性脳症はなし
<採血結果>
Alb 2.5、T-Bill 2.8、血小板4.0万、プロトロンビン活性42.8%、アンモニア63 |
チャイルドピューにあてはめてみると10点。ということは、周手術期による死亡率が76%とかなり高いということ。また、血小板も低いので硬膜外麻酔はできないし全身麻酔もリスクとなります。
これだけリスクが高いので、問題は手術をするかどうか…
この場合は、大腿骨頸部骨折なので手術せずに保存的な治療にすることも考えられるでしょう
まとめ
術前検査の情報をアセスメントし全身状態を評価すると、患者さんが手術するにあたり何が問題となるかが見えてきます。
少しずつでいいので、検査結果や身体所見と照らし合わせてアセスメントする癖をつけていきましょう。
よくわからない場合や、これが合っているのかわからない時は主治医や麻酔科医の所見を見て答え合わせをしても面白いと思いますよ。